出典:映画.com
【ニトラム/NITRAM】
オーストラリア 2021年
監督:ジャスティン・カーゼル
主演:ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ ジュディ・デイヴィス エッシー・デイヴィス ショーン・キーナン アンソニー・ラパリア アナベル・マーシャル・ロス
いつまでも花火遊びをやめられず近所からは厄介者扱いされているニトラム。母は彼を「普通」の若者として人生を謳歌してほしいと願う一方、父は彼の将来を案じ出来る限りのケアをしようと努めている。サーフィンに憧れ、ボードを買う資金を買うために芝刈りの訪問営業を始めた彼は、ある日、ヘレンという女性と出会う……。
この映画は、観客に対して非常に重く、そして深く問いかけてくる作品です。特定の事件の背景を描いた「実録ドラマ」というジャンルではありますが、単なる事件の再現ではなく、一人の人間の内面と、彼を取り巻く環境の複雑さを、極めて静謐なトーンで描き切っている点が特筆すべき魅力であり、同時に鑑賞者に大きな衝撃を与えます。
主人公ニトラムを演じたケイレブ・ランドリー・ジョーンズの演技は、この作品の核であり、カンヌ国際映画祭で主演男優賞を受賞したのも納得の、まさに圧巻の一言です。彼は、一般的な「悪役」や「サイコパス」といった記号的な枠に収まらない、複雑でナイーブな一人の青年の姿を、痛々しいほどの繊細さをもって体現しています。
彼の表情や、時折見せる幼さと脆さ、そして衝動的な行動の数々は、観客に「彼が一体何を求めているのか」「どこへ向かおうとしているのか」という問いを絶えず投げかけます。その演技は、観る者の心に深く突き刺さり、容易に忘れられない強烈な印象を残します。
物語はニトラムと、彼を支えようとする家族、そして彼が出会う周囲の人々との関わりを中心に進みます。両親を演じたベテラン俳優たちの演技もまた素晴らしく、息子に対する愛情と、制御できない現実への苦悩と諦念が、観る者に深く共感と苦痛を与えます。
映画は、ニトラムという個人を切り離して描くのではなく、彼の環境、社会との接点、そして決定的な出来事が、どのように彼の心を形成し、変容させていったのかを、多角的な視点から描き出します。これにより、観客は単純な善悪二元論では語れない、人間の行動の深淵を覗き込むことになります。

出典:映画.com




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